THE NIIGATA BANDAIJIMA ART MUSEUM

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ルート・ブリュックを追いかけて。アトリエシムラ(2)青のなかにある、さまざまな青

書籍『はじめまして、ルート・ブリュック』にも「色」の章で寄稿してくださった染織家の志村ふくみさんと志村洋子さん。「自然から色をいただく」という考えの元、植物で染めた糸を手織りして生み出す色彩の世界は、多くの人々を魅了しています。

そんなふたりの芸術精神を受け継ぎ、色の世界をより広く伝えていくために3年前に生まれた染織ブランド「アトリエシムラ」が、展覧会「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」のために、特別なグッズを制作してくれています。前期作品の釉薬の色にインスピレーションを受けた「色合わせストール」と、後期作品に着想を得たコラージュ「小裂の額装」です。

日本とフィンランド。国や時代を超えて「色」というテーマに共鳴したクリエイターは、今回のコラボレーションにどんな思いを寄せているのでしょうか。志村ふくみさんの孫で、アトリエシムラの代表を務める志村昌司さんと、今回のストールのデザインを手がける堀ノ内麻世さんに話を聞きました。全三回の連載でお伝えします。(聞き手:今村玲子 撮影:森 塁)

第二回 青のなかにある、さまざまな青

――制作中の「色合わせストール」について教えてください。なぜ今回、藍で染めることにしたのでしょうか。

堀ノ内麻世 染織と陶芸の違いとして、染織は糸や布が色を吸収し、陶芸は土の上に色が乗るというイメージがあります。釉薬というのは普遍的で絶対王者の輝き。一方で、見る角度によって印象が変わるのがおもしろいですね。

ブリュックの初期の作品の画像を眺めるうちに、視線が細部にフォーカスしていくような感じを覚えました。遠くから見ればひとつの青色だけれど、近くで見ると実はたくさんの色でできている。そういう感覚は、実は、織物にもあるんです。ブリュックの色の多層性、「青のなかにさまざまな青が見える」という感覚を染織で表現するためには、アトリエシムラが大切にしている藍が一番近いのかな、と考えました。

藍染めというのは、あらかじめ決めた色を染めるのではなく、藍を建てて(注:蒅(すくも)を灰汁などで溶かし、染色できるようにすること)、毎日様子を見ながら「今日はこの色、今日はこの色」と変化していく色を糸に写しとっていく作業なんです。毎日写しとったたくさんの藍の色を並べることで、1枚のストールのなかにブリュックの多層的な青というものを表現できないかな、と考えています。

志村昌司 ルート・ブリュックと志村ふくみ、ふたりの芸術家の共通性は色彩感覚にあると考え、このストールではそこを強調したいと思いました。その結果、直感的に「藍しかない」と思いました。僕たち自身が藍に対して特別な思い入れがあるから、ブリュックの作品を見た時にもこの色に共感したのかもしれません。

特別なストールには藍で染めた糸を使う。タイミングによって染まる藍の色は変化する

ブリュックのために藍を建てる

――アトリエシムラと藍の関わりについて教えてください。

志村 志村ふくみの母・小野豊が、柳宗悦が興した民藝運動に共鳴して染織を学び、「藍は世界中にあるが、日本の藍ほど精神性の高い藍はない」と常々言っていたところが原点にあります。そこから、祖母・ふくみと母・洋子は特別な思い入れをもって藍に取り組んできました。藍は、普通に植物を炊きだしてつくる染料とは異なります。蒅(すくも)の状態にするのも時間がかかるし、そこから藍甕で藍を建てても途中で“亡くなったり”するので、自分の力だけではどうにもならない。

――蒅というのは。

志村 藍の染料です。夏に藍の葉を刈り取って水をかけて、葉に含まれている菌を発酵させます。その熱で、部屋のなかが70度くらいになるんですよ。それを100日間くらい続け、ようやく集めたものが蒅です。僕たちの藍染めは、戦国時代に四国の大名・蜂須賀家政公が広めたと言われる阿波藍を特別に分けていただいて使っているんです。

――戦国時代からの藍ですか…!

志村 室町時代に紺と黒のあいだのような「褐色(かちいろ)」という色があって、縁起をかついで武将が好んで使っていたそうです。

祖母は、片野元彦さんという藍染絞の第一人者に藍建てを教えてもらいました。著作『一色一生』で「藍を建てるのは一生の仕事」と綴っています。それくらい藍建てというのは難しい仕事なんですね。アトリエシムラでは月の運行に従って藍建てを行っています。松尾大社の摂社である月読神社にお参りし、藍の神様である月読(つくよみ)の神を祀っています。藍を建てる時にはいつも神様に祈り、新月に仕込んで、満月くらいから染めはじめるのです。神事のようなものです。

工房の藍甕。表面に浮かぶ泡状の「藍の華」を見れば、藍の状態がわかるという。

工房の藍甕の上には月読の神様が祀られている。工房内には月の暦も掛けられていた。(写真:アトリエシムラ提供)

――その藍に染められた糸は、吸い込まれそうな深い色をしています。

志村 これはかなり濃く染めたものなんです。今回のストールは「色を重ねる」というコンセプトなので、当初は僕たちが染めためてきたいろいろな藍の糸を使うつもりでした。ただ、それらの糸は思ったよりも色が薄かったんです。ブリュックの青って濃いじゃないですか。それに合わせて染めようとすると、一番元気な時の“藍さん”でなければ染まらない。

せっかくルート・ブリュックの展覧会に出すからには、僕たちも自信をもった制作をしたい。だから、ブリュックのために新たに藍を建てることにしたんです。藍を建てるのは時間と手間がかかりますから、展覧会の開幕に間に合うかどうかわからない。しかも自然相手だから、ちゃんと建つかどうかもわからない。本当にぎりぎりの決断でした。でも、なんとか上手に建ちました。この糸はもっとも元気な時の“藍さん”で染めた糸。本当によく染まってくれました。みんなで「やっぱりこの色だね」と納得した、自信作です。

アトリエシムラの吉水まどかさんが、藍で染めるところを見せてくれた。左の糸は、先に刈安で黄色に染めたもので、この上から藍をかけて緑色にする。「植物染料では緑色を出せないため、アトリエシムラではしばしば刈安と藍を組み合わせて緑色をつくります」(吉水さん)

藍甕に糸をそっと沈める。

藍のなかで優しく揺らすように、一本一本の糸に藍がしみわたるように数分かけて染める。「藍はとろみがあって温かく、動物のお腹に触れているような感覚」と吉水さん。

糸を藍甕からあげてきゅっと絞ると、一気に鮮やかなターコイズブルーに変わった。

染めた糸を空中ではたくようにして空気に触れさせる。これを三回繰り返し、少しずつ色を重ねて濃くしていく。

二回目

三回目。深みが増し、「ブリュック・ブルー」と呼びたいような美しい糸ができあがった。

やりたいことがつながった

――ストールのデザインについて教えてください。

堀ノ内 スケッチを描きながらストールのイメージを整理していきます。織物は経糸と緯糸の世界なので、スケッチと同じようなムラ感は再現できないのですが、遠くから見るといろいろなクレヨンの色が混ざっているように見えるといいなと思っています。

基本的には藍の糸を使いますが、一部、緯糸にはヤシャブシの実やシラカシの枝で染めた糸を使います。アトリエシムラでは藍と重ねる色として、これらの茶色やねずみ色を取り合わせることが多いんです。また不思議ですが、ブリュックの作品を見ていてもこの色の取り合わせが多いように感じました。例えば、《最後の晩餐》のグレーの輪郭線と青い釉薬のところ。こういう微細な色の濃淡を表現できたらと思います。

ヤシャブシ(写真右)やシラカシから染める茶色やねずみ色は、「四十八茶百鼠」と言われるように色数が多い。鮮やかでお洒落な色を使えない時代に、民衆が鉄媒染を使って色の幅をどんどん増やしていったためだ。刈安(写真左)は、アトリエシムラでは滋賀県の伊吹山のものを使っている。刈安は香りがよく、お茶としても楽しめるそう。染料に使う植物は薬効のあるものが多い。

Rut Bryk, Pyhä ehtoollinen, yksityiskohta / Holy Communion, detail ca 1950-1951
Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA – Espoo Museum of Modern Art © KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2396

――ストールのデザインは悩みましたか。

堀ノ内 悩みませんでした。ブリュックの話をいただいた時に、藍さんの色を混ぜるというコンセプトはすっと入ってきました。私も「織物とは色の重なりでできるもの」と考えていて、いろいろな藍を混ぜながら織ったらどんなものができるだろう、という興味がずっとありました。やりたいことがやっとつながった、と思いました。

――ストールをデザインする上で気をつけていることはありますか。

堀ノ内 身体に巻くものなので、はじめは平面上でデザインしますが、なるべく大きな画面をつくるように考えています。着物と違って、ストールの場合は巻く時にどこを見せるかによって雰囲気が変わりますよね。今回は、細かい柄というよりも、藍の色の良さをできるだけ大画面で楽しんでもらいたいです。

――最後に、堀ノ内さんにとってのインスピレーションの源を教えてください。

堀ノ内 個人的にいつも考えているのは、染織とは違う世界からアイデアをひっぱってきたい、ということ。違う世界との融合があった時に、それまでとは違う織物が生まれるのではないかと。なので、なるべく染織の世界観だけに閉じこもらないように、建築やデザインや、アートにも触れていたい。今回のようにほかのアーティストの作品をイメージして制作するという試みは、自分のなかではとてもしっくりきています。

――ありがとうございます。完成を楽しみにしています!

(第三回に続きます。次回は制作してくださっている「小裂の額装」について伺います)

工房の軒先に吊るされていたクチナシの実

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