THE NIIGATA BANDAIJIMA ART MUSEUM

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THE NIIGATA BANDAIJIMA ART MUSEUM

ブリュックの存在感はやさしくて、やわらかい。

現在、大阪・心斎橋「dieci(ディエチ)」のギャラリースペース「dieci208」でポップアップイベント「はじめまして、ルート・ブリュック」展が好評開催中です(〜9月15日まで)。Keramikstudion Gustavsbergの代理店として、スウェーデンの陶芸家リサ・ラーソンの存在を日本に広く知らしめるなど、北欧をはじめとする世界各地のユニークな手仕事やその背景にある物語を伝えてきたオーナーの田丸祥一さんと堀あづささん夫妻。ブリュック作品のファンでありコレクターでもあるおふたりに、ブリュックとの出会いや魅力について聞きました。

田丸祥一さん、堀あづささん Photo: Kei Maeda

フィンランドは暮らすように旅ができる

——おふたりはいつ頃から、北欧の雑貨や作品を扱うようになったのですか。

田丸 今から20年ほど前に堀とお店を作り、主にフランスやベルギーで買い付けた家具を販売していました。なかでもデンマークのヴィンテージ家具は、当時の日本にはあまりなかったのでよく売れました。それで本国に行ってみたら、びっくりするくらい安く手に入ることが分かって、それから北欧に通うようになったんです。スウェーデンでリサ・ラーソンさんに会いに行ったのもこの頃ですね。

堀 フィンランドに初めて行ったのは2000年頃。まだフィンエアーも就航していなかったから、オランダで乗り継いで行くんです。冬の暗い季節で、人もいないし、とにかく薄暗いという印象。予定を切り上げて1日でも早く帰りたい、と思ってしまうほどでした(笑)。

でも、買い付けてきたものを日本に持ち帰ってお店に並べてみたら、お客様が「わあ、これ何?!」と興味津々で手に取ってくださった。「あの店にはフィンランドのガラスがある」と噂になって、遠方からも来てくれた。あんなに早く帰りたかったのに、「次はいつフィンランドに行けるんやろ」って待ち遠しくなって。そのくらい、お客様の評価が嬉しかったんです。

ディエチ南船場店。やわからな自然光に満たされた店内には、選りすぐりの商品が丁寧にディスプレイされている。

ディエチ南船場店。北欧のものや日本のものが混在し、空間としてひとつの「ディエチらしさ」をつくりだしている。

——おふたりにとってフィンランドはどんな国ですか。

田丸 今も買い付けでフランスやイギリスに行きますが、刺激的である分、正直疲れるところもあります。でもフィランドは暮らすように旅ができる感覚がありますね。小さい町だから、隅々まで歩いて回れるのもいい。

堀 20年前に知り合ったフィンランド人のコレクターとは、今も家族ぐるみのお付き合い。そうした友人の家で、リアルな北欧の生活スタイルを眺めるととても感動します。アラビアの陶器がごく自然に並んでいたり、窓辺に置かれたキャンドルの使い方ひとつとっても、とても洗練されているんです。

——そこから北欧のものを専門に扱うようになったのでしょうか。

田丸 特に自分たちではカテゴリーを決めていないんです。でも意識せず、北欧のものがメインになった時期もあります。それでリサ・ラーソンさんと出会って親しくさせてもらうようになってから、リサに「なぜ、いつも私のところだけにくるの?日本にはもっといいものがたくさんあるじゃない」と言われた時、ハッとしました。

堀 ロンドン・パリ世代の私たちが、遊びの延長みたいにお店をはじめたのは24歳の時。若くて何も知らなかったふたりが、色々学びながらヨーロッパをどんどん北上していった感じなんです。だから、リサに言われてから、「そういえば私たち、日本のことを何も知らないね!」と、それからしばらくは日本中を回りました。

田丸 たくさんの窯元を巡りましたね。24歳の時は分からなかったけれど、26、27歳にもなると、それまで見えていなかった日本の景色が美しく見えてきて。その時に出会って、今もお店で扱っているものがいっぱいあります。

ディエチ芝川ビル店。店内には、ビルゲル・カイピアイネンなどフィンランドのアーティストの作品が飾られている。

作家や作品のストーリーを伝えたい

——ディエチとして大切にしていることはありますか。

田丸 どんなブランドでも、必ずその町に行って、工房に行って、作家に会います。デザイナーやものの本質を知るため、僕らにとって大切なプロセスです。

堀 書籍『はじめまして、ルート・ブリュック』にも書かれていましたが、たとえご本人は亡くなっていても、その家族に会い、人となりが分かると、思い入れも強くなる。私たちも、作家がこんな風に生きて、暮らして、こんな気持ちで作った、ということを本人や家族から聞くと感激します。それは、この仕事の特権だなあと思うんです。

田丸 作家に会いに行くと楽しいですよね、「ああ、こういう人だったんだ」って。その体験やストーリーをお客様に伝える。それをしたくてお店をやっているようなところもあります。それでお客様が感動したり、ものを大切に使ってくださることが、僕らの仕事の上での醍醐味。オンラインですぐに仕入れることができるような時代に、僕らがやっていることはコストもかかるし、無意味かもしれない。でも、自分たちのなかでは重要な部分なのです。

——ふたりで選ぶものは似ていますか、あるいは違いますか。

田丸 違いますね。僕は、自分自身が見て美しいと思うもの、所有して触れてみたいもの、ご紹介したいものを選びます。用途や使いやすさなどはあまり考えないかもしれない。有名無名、金額も関係なく……。あと、「前に向いた商品」というのでしょうか、例えば「今はまだお客様に理解されにくいかもしれないけれど、将来的には知っていただきたい」というようなもの。それこそ、ルート・ブリュックとか。

堀 私は、飾って美しいものももちろん好きですが、それよりは使って美しいもの。ガシャガシャ使えて、かつ、佇まいもよいものが好きですね。

田丸 以前、堀がフィンランドで白樺のかごを見つけてきたんです。まだ日本にはありませんでした。正直、当時の僕にはその良さがよく分からなかった。でも、お客様にとても好評で、今でもたくさんの女性の方に手に取っていただいています。用途があって美しく変化していくものへのまなざしは、僕にはない感覚です。

堀 逆に田丸が選ぶことで、「なるほど、こういう美しさがあるのか」とこちらが気づかされるものもあります。お互いに選ぶものは違っても、漠然としたディエチらしさはいつもあるような気がします。でも、それが何かは言葉にできないのですが。

ディエチ天神橋店。カフェも併設している。

やわらかくてやさしい存在感

——ルート・ブリュックとの出会いは?

田丸 僕はまず、ルートの夫であり、国際的デザイナーのタピオ・ヴィルカラに傾倒しました。買い付けの時に、実物をよく見ていたんです。クラフトと、オブジェと、アート。いろいろな要素が重なって、なんて美しいんだろうと思った。それでタピオが手がけたガラスやナイフなど、手あたり次第に集めていきました。

詳細を調べるためにタピオの作品集や資料を紐解いていくうちに、やがてちらちらと女性の姿が見えてくるようになって。それがタピオの妻であり、セラミック・アーティストのルート・ブリュックだと知るのは、もう少し経ってからです。買い付けで作品を見る機会はあまりなかったのですが、タピオの家具や作品と一緒に、ルートの作品が並んでいる写真などを見て、そのやわらかくてやさしい存在感に引き込まれていきました。

堀 最初に、フィンランドで田丸が見つけて、「ルート・ブリュックが欲しい」と言ってきた時には、金額が高くて、「ほんとに買うの?この値段やで」と断ったんです。でも、「それでも買いたい」と言うので、「じゃあ一個だけな」って(笑)。

ルートの旦那さんのタピオ・ヴィルカラも、田丸が初めてフィンランドに行った時に代表作のトレイを見つけて、「これを買うために来たんだ」と言い張るわけです。初日にこんな高いものを買ったら、後の買い付けができなくなってしまう。薄暗い倉庫のなかで、みんなが見ている前で小競り合いですよ(笑)。結局、押し切られる形で買いました。でも今は、買うことができてよかったなあと心から思っています。

夫妻のコレクションのひとつ、初期(1948年頃)の手描きの陶板。

——お気に入りのルート作品を教えてください。

堀 フィンランド人の友人にもらった、ローゼンタールのソルト・アンド・ペッパーです。タピオがデザインした力強いポリゴンシリーズに、ルートがとても繊細な絵を施したものです。それから、ヘルシンキ市庁舎に常設されている大型のモザイク作品「陽の当たる町」も好きで、初めて見た時には本当に感激しました。生涯を通した、表現の幅広さに驚かされます。

田丸 僕が一番好きなのは、「聖体祭」などの宗教画をモチーフとしたシリーズです。ルート作品の魅力は釉薬の使い方だと思う。やわらかな色彩感覚にいつも魅了されています。

夫妻のご自宅に飾られているブリュック作品「ボトル」。

ポップアップイベント「はじめまして、ルート・ブリュック」

——今、ディエチのギャラリー「dieci208」で行われているポップアップイベント「はじめまして、ルート・ブリュック」について教えてください。

「dieci208」で開催中のポップアップイベント「はじめまして、ルート・ブリュック」は15日(日)まで。 Photo: Kei Maeda

堀 ルート・ブリュックを知る前と後では、ものの見方が全く変わる。私たち自身、フィンランドにこんなに素晴らしい作家がいるんだと知った時、豊かな気持ちになりました。同じように1人でも多く、美術館に行って本物を見てもらえたら。イベントという形で、それに協力させてもらえるならとても嬉しいと思いました。

田丸 ルートの作品は伊丹市立美術館で堪能していただき、ポップアップではもうひとつのルートの魅力を発信していきたい。前田景さんがフィンランドで撮り下ろした写真を通して、ルート作品の背景や奥行きを感じられるようになっています。

Photo: Kei Maeda

美術館では展示されないタイプの、珍しいキャンドルホルダーやトレー(ディエチ所蔵)を見ることができる。 Photo: Kei Maeda

堀 ドキュメンタリー映像も常時上映しています。ルートの幼少期や、ルートが通ったラップランドやサマーハウスの様子などをここで知ってもらえたら、美術館での作品の見え方も変わるかもしれません。

——ありがとうござました。

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