「北欧デザインとブリュック」土田貴宏
数年前、ある学校の授業で、椅子のデザインの歴史を取り上げた時のこと。例示した100脚以上の椅子の中には、北欧のものも多く含まれていた。その後、学生が提出したリポートで、北欧のデザイナーたちに共通する「なんとなくかわいい感じ」がなぜ生まれるのだろうという疑問が呈されていて、はっとした。
北欧のデザインといっても、実際は国や時代による傾向があり、デザイナーごとの個性も豊かだ。多くのデザインを知るほど、こちらの解像度は上がっていく。それは望ましいことのようで、まっすぐな目で何かを見通す力が少しずつ失われてしまう。たとえば、ハンス・ウェグナーの椅子、アルネ・ヤコブセンの椅子、アルヴァー・アールトの椅子。作風も生まれた背景も異なるが、それぞれに北欧らしいかわいさを感じるとしたら、それもまた真理だろう。
20世紀半ばに黄金時代を迎えたとされる北欧のデザインは、機能性、合理性、簡潔さ、職人技の尊重などによって特徴づけられる。しかし一方で、美的感覚においても何らかの共通性はある。それは北欧のデザイナーたちが、自身を取り囲む自然や過去の人々がつくり出したものに対峙する、独特の姿勢の反映のように思う。それらに対して畏敬の念をもちながら、自らと繋がったものとして捉え、その本質を創造の中に取り込んで、簡素なフォルムを生み出していくイメージがある。
ルート・ブリュックは、こうした北欧らしい美的感覚の最も純度の高いさまを思わせる。セラミックの素材感を生かしながら簡略化した線、色、パターンの組み合わせは、無垢であり健気である。彼女が慈しみながらものを見て、自身の感性に率直に表現したことが伝わってくる。その芸術性はさまざまに形容できるが、いちばん適切な言葉は「かわいい」のような気がする。
現代のデザインの指標として「かわいい」という概念は否定的に捉えられがちだ。この言葉には、大衆に媚びた表層的で刹那的な表現手法という印象がある。しかし一方で、親しみ、愛しさ、安らぎを無条件で直感させるデザインは、やはり、かわいい。そしてかわいさには、その感覚がはかないほど、さりげないほど味わいが増すという、不思議な逆進性がある。名作とされるデザインにも、かわいいと評されるかどうかはともかく、そんな魅力をそなえたものは少なくない。
ルート・ブリュックに感じる魅力は、そんなふうに北欧のデザインの魅力と通じ合っているのではないだろうか。そして、この感覚がなかったら、よくできたデザインであっても愛されるものにはなりえない。彼女の作品には、彼の地のものづくりにおいていちばん大切なものが凝縮されているように思う。
(土田貴宏:デザインジャーナリスト)