THE NIIGATA BANDAIJIMA ART MUSEUM

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THE NIIGATA BANDAIJIMA ART MUSEUM

アラビア製陶所美術部門を紹介する映像「生きている粘土」より

若き日のブリュックが登場。アラビア製陶所美術部門の紹介映像は会場でご覧になれます。

10月10日より新潟県立万代島美術館でスタートする「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展。昨年東京で開幕してから、各地でたくさんのお客様にご来場いただいたこの展覧会も、いよいよ最終会場です。これでブリュックも見納め。というわけで、最後だからこそ、よりマニアックな視点でブリュックに迫り、より深く楽しんでいただこう!と、展覧会公式ウェブサイトでは、「もっと、ブリュック・マニアック!」企画として、グッと踏み込んだコンテンツをお届けします。

今回は、会場のみで上映している映像「生きている粘土」について。約10分ほどの、レトロなモノクロ映像をじっくりご覧になった方も多いのでは。

実はこれ、ルート・ブリュックが所属していたアラビア製陶所の「美術部門」を紹介する映像なのです。ブリュックの職場の様子がよくわかるほか、後半には、当時入所したての若き日のブリュックも登場しますよ!会場では、ぜひ後半までご覧くださいね。

本展覧会の企画者のひとりで、フィンランド陶芸に詳しい山口敦子さん(岐阜県現代陶芸美術館 学芸員)に、映像の内容についての解説文を寄せてもらいました。

 

「生きている粘土(アラビア製陶所美術部門を紹介する映像)」について
解説:山口敦子(岐阜県現代陶芸美術館 学芸員)

映像「生きている粘土」

終盤にルート・ブリュックが登場するこの映像は、アラビア製陶所美術部門の広報を目的に1943年に発表された。1943年といえば、世界は混沌とした状況にあり、フィンランドも例に漏れずソ連との継承戦争の渦中にいた。しかし、映像からは緊迫した空気は微塵も感じられない。そればかりか、作家たちがのびのびと制作する姿は、そこがある種のユートピアではないかと私たちに錯覚すらさせる。

この映像でアラビア製陶所が伝えるのは、生産活動というよりむしろ芸術活動である。そのため、たとえ広報活動の一環であったとしても、人々が苦難に耐えている戦時下において、こうした映像を公開することには、少なからず反発の声もあったであろう。ではなぜ製陶所は、この時代にあえてこのような広報をおこなったのか。政府はソ連との冬戦争の傷も癒えない1941年に、例外的にアラビア製陶所に建物の増築を許可している。つまり、製陶所は国から優遇される立場にあり、そうした自負のもと、芸術家を支援する姿勢を明らかにすることで、独自の存在意義を示そうとしたのではないだろうか。

「生きている粘土」は、大きく2つのパートで構成されている。全体の3分の1程度を占める前半では、アラビア製陶所美術部門における日用品製作が紹介される。そして、後半では、同部門の花形ともいえる芸術家たちに焦点が当てられる。

そもそも美術部門は、2代目経営者のカール=グスタフ・ハーリッツとスウェーデンで陶磁器デザインを学んだクルト・エクホルムによって1932年に設立された。ヨーロッパ随一の規模を誇る製陶所として、芸術家の育成と彼らが生みだす作品を通じて企業イメージの向上を目指しての試みであった。記録が残る1938年の時点では所属作家は30名、そのうち22名は日用品のデザインなどに従事し、残る8名が美術作品いわゆるユニークピース(1点もの)を制作していた。

さまざまな製作工程が映し出されるなかで、もっとも時間を割いて紹介されているのが、フィンランドで採れる赤土に白化粧を施した製品である。エクホルムがイタリアのマジョリカ焼に着想を得て考案したこの製品は、戦中期の物資不足へのひとつの回答であると同時に、手仕事への回帰を示す取り組みでもあった。素朴な風合いと温かみのある手描きによる絵付けは、国内外で好評を博した。映像からは、多くの女性作家がこの製作に携わっていたことがうかがえる。

後半はボブヘアのトイニ・ムオナがろくろを巧みに操る姿からスタートし、美術部門が誇るスターが次々に登場する。ムオナ以降出演順に、ミハエル・シルキン、ビルゲル・カイピアイネン、アウネ・シーメス、フリードル・ホルツァー=シャルバリ、リー・フォン・ミックウィッツ、ルート・ブリュックの計7名だ。前半では作業をする作家の大半が日常着であったのに対し、上記のメンバーは揃って白衣を身に纏うことで、よりプロフェッショナルな印象を与えている。さらに、各作家の容姿や佇まいにも重点が置かれており、作品だけでなく作家自身も知ってもらいたいという製陶所の意図が見え隠れする。

トイニ・ムオナ

ミハエル・シルキン

ビルゲル・カイピアイネン

アウネ・シーメス

フリードル・ホルツァー=シャルバリ

リー・フォン・ミックウィッツ

考え抜かれた広報戦略は、この他にも随所にみられる。たとえば、のちにホルツァー=シャルバリの代表作のひとつとなるだけでなく、製陶所のベストセラー製品にもなったライス・ポーセリン(蛍手)が複数回にわたって紹介されているのは、長い年月を経て前年ようやく完成に至った同技法への期待の表れといえるだろう。また、ハーリッツとエクホルムを白衣ではなくスーツ姿で登場させ、ムオナを他の作家に比して多くフレームインさせることで、同部門の立役者や名声を得ている人物を明確にしている。各作家が思い思いに創作に励む様子は、製陶所の何不足ない環境の証しであるし、作品に施された「ARABIA_KAIPIAINEN」などのサインは、優れた芸術作品が他でもないアラビア製陶所で制作されていることを高らかに宣言しているのだ。

美術部門の作家として最後に登場するのがルート・ブリュックである。ディスプレイルームと思われる部屋で絵付けを行っている表情には、まだあどけなさが残る。26歳という年齢と、入所間もないことを考慮すれば当然といえるだろう。彼女のフレッシュさを強調するためか、唯一愛らしいワンピース姿である点も見逃せない。背後で制作を見守るムオナとの対比もウィットが効いており、現在のスターと未来のスターといった筋書きなのであろうか。ブリュックがこれまでのどの作家とも異なるスタイルで、魅力的な作品を創りだす期待の新人であることが伝えられている。

先輩のトイニ・ムオナ(左)が、新人のルート・ブリュック(右)の様子を見にくる場面

ルート・ブリュック

この映像は、「生きている粘土」というタイトルのとおり、土という素材を通してこれだけの豊かな表現が可能であること、そしてその表現は製陶所の備える豊かな設備や環境のなかで、優れた芸術家たちによって生みだされている事実を鮮やかに描いている。この翌年、現存する9階建ての新施設が完成し、その最上階は美術部門の作家たちに与えられた。ここを新たな拠点に、ブリュックは才能を開花させていくのである。

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