THE NIIGATA BANDAIJIMA ART MUSEUM

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亀倉雄策とルート・ブリュック

10月10日よりスタートする「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展。最終会場となる新潟県立万代島美術館では特別に、「ルート・ブリュックと日本の関係」について迫ります。

ブリュックは生前、来日する機会こそなかったものの、日本とのつながりがありました。そのひとりが、日本を代表する巨匠グラフィックデザイナー、亀倉雄策(1915−1997)です。

生涯を通じさまざまな美術品・工芸品を収集した亀倉さん。400点を超えるそのコレクションは、没後、出身地である新潟県に一括寄贈され、現在は「亀倉雄策コレクション」として新潟県立近代美術館・万代島美術館の所蔵となっています。

亀倉雄策コレクションには北欧デザイナーのものも多く、本展では亀倉さんが所有していたブリュック作品6点を特別展示しています。

会場中盤にある亀倉コレクションの特別展示。

新潟県立万代島美術館 学芸員(業務課課長代理)の今井有さんに詳しく聞きました。

新潟県立万代島美術館 業務課課長代理 今井有さん

亀倉雄策コレクションとは

——亀倉雄策コレクションについて教えてください。

1997年に亀倉さんが亡くなった後、彼が生前に収集した美術品や工芸品が美術館に寄贈されました。全部で400点くらいあり、美術品だけではなく、古い西洋の博物図鑑などの貴重書や工芸品、世界各地の民芸品などもあります。

——そのうち北欧のものもあるのですか。

スウェーデン、デンマーク、ノルウエー、フィンランドなどのものは40点くらいでしょうか。作家のガラスや陶器だけではなくて、お土産のような民芸品もあります。付き合いのある人からもらったものや、自分で現地に行って買ったものなどさまざまです。

今回はフィンランド作家のものを選りすぐった。左のガラスはカイ・フランク、右はサラ・ホペア。右奥のケースには、オイヴァ・トイッカ。

——コレクションを見ると、亀倉さんの傾向がわかりますか。

20代の頃から一流の画家や作家と親しくしていた人ですから、目が肥えているし、当たり前ではありますが、自分の美意識にかなうものでなければ買わない。逆に好きであれば美術品であろうが民芸品であろうがかまわない。

買ってきたものは、自宅や仕事場に置いたり、実際に食卓で使っていました。だから、生活空間になじむものが前提で、ほとんどが小ぶりなものですし、汚れがあったり、割れたり、壊れたものも多いようですね。

ルート・ブリュックの夫であり世界的デザイナーのタピオ・ヴィルカラ(1915−1985)の作品も所有していました。けれど「落として割ってしまった」という記述も残っています。

亀倉雄策の仕事場には、北欧など海外から持ち帰った数々の作品が大切に飾られている。中央の透明のガラスは、タピオ・ヴィルカラ「TOKIO」。割れてしまったのか、現存しない

「デザイナー亀倉雄策展」(新潟県立近代美術館 1999年)の図録。亀倉コレクション(一部)がまとめて紹介されている

——亀倉さんがフィンランドに行ったのはいつでしょう。

1958年です。アメリカの国際タイポグラフィックゼミナールに呼ばれて講演をし、その後ヨーロッパに渡って、ベルギー・ブリュッセル万国博覧会に行き、前川國男が建築設計した日本館のことを記事に書いています。その帰りに北欧に寄って、フィンランドに行ったのが最初ですね。

その後、1964年にもう一度行った、という記載があります。それ以外にも、亀倉さんは毎年スキーをしにヨーロッパに行っていました。その時に立ち寄った可能性もありますが、わかりません。

——北欧デザイナーとの交流はあったのでしょうか。

記録として残っているものでは、1959年にスウェーデンの陶芸家スティグ・リンドベリが来日した時に会った、という記載があります。西武百貨店でリンドベリの展覧会が行われ、作品を数点買ったそうです。フィンランドのカイ・フランクも1950年代に数回来日していますが、会ったという記録はまだ見あたりません。

フィンランドから大切に持ち帰った「蝶」

——ブリュックの作品を購入したのはいつでしょうか。

1958年に渡航した時に購入した、という記録があります。亀倉さんが「婦人画報」(1959年7月号)に寄稿した記事「くらしのデザイン・7 フインランドの蝶」で、次のように綴っています。

この蝶は女流陶芸家のルット・ブレークの作品である。ごらんのように素焼のような肌に蝶のデザインが浮彫のように、かるくつけられている。暗緑色のような黒ともつかぬ不思議な薬色で焼かれている。
(中略)
私は前記のアラビアのショールームでルット・ブレークの作品がほしいといつたら早速とりよせてくれた。「日本人が日本に買って帰るのなら自信作を渡したい」というのがブレークの伝言だった。そして自分はこの蝶ならはずかしくないと思うという彼女の意志で私は大切にトランクの衣類の間にこわれぬように入れて持ち帰った。

当時は、世界的にもフィンランドの美術が注目されていました。そうした動向を踏まえた上で、日本ではまだ大半の日本人が自由に渡航できなかった時代に、自分が楽しむためだけではなく、「本物を持ち帰って、みんなに見せてやろう」という気持ちもあったと思うんですよね。

右端に見えるのは、ブリュックの「蝶」・・?!

——もちろん、作品も好きだったんですよね。

もともと、亀倉さんは蝶の柄が好きなんですよ。彼自身は抽象パターンであったり、ダイナミックな作品が多いですが、意外に繊細なモチーフや、叙情的で可愛らしいイラストレーションも好きで。「となりのトトロ」も、少年期を過ごした武蔵野の風景が思い出されて大好きだったみたいです。

こちらの「蝶」(写真右端)は、亀倉さんが1964年にニューヨークに行った時に、たまたまギャラリーで見つけて買ったものです。こちらには針金がついていて、自宅に飾っていました。執筆した記事を読むと、「ある海外雑誌の編集長が、私の宝物だとブリュックの蝶を見せてくれたが、彼女の誇りを傷つけないように自分は6点も持っているなんて言わないままにしておいた」と(笑)。

こちらが、亀倉が1964年にニューヨークで購入したもの

亀倉が手掛けた「草月 129号」表紙

——亀倉さん、お茶目な方ですね。

先ほどの雑誌でブリュックの「蝶」を紹介した時も次のように締めくくっています。

本誌の印刷が出来上がったら彼女に送つてやりたいと思う。ブレークは自分の作品が日本でどんな風になつているかが気がかりになつているに違いないだろうから……。

本当に送ったのかはわからないですけれど(笑)。亀倉さんのこういう人柄が、人を惹きつけるところはあったと思います。人望が厚かったからこそ、デザイン界のリーダーのような存在になっていったのではないでしょうか。

ブリュックの「蝶」が飾られている。その左は、イタリアのアーティスト、ルーチオ・フォンタナの作品。フォンタナとブリュックも交流があった。

——亀倉さん所有の「蝶」が展示される機会はこれまでにありましたか。

万代島美術館では、2015年の「生誕100年 亀倉雄策展」、2017年に所蔵品展「うつくしい暮らし」を開催した時に出品しました。ただ正直、当時はまだルート・ブリュックについて調べきれておらず、フィンランドの女性作家で作風が変わっていった人、くらいで。展覧会が終わって本格的に調査しはじめた頃に、今回のルート・ブリュック展の話があったんです。

とても縁を感じますし、開催できることをとても嬉しく思っています。亀倉さんもきっと喜んでいるはず。60年前に「いい作家だ」と思って買ったものが注目されて、「ほうらね」って(笑)。

ひとりの作家を掘り下げる機会

——これまで新潟県立万代島美術館では、マリメッコや「ムーミン」のトーベ・ヤンソンといったフィンランドの展覧会を開催してきました。今回、ルート・ブリュックを取り上げる意味についてどのように考えますか。

マリメッコやムーミンもそうですが、日本に浸透しているフィンランドのイメージって明るくて可愛いデザインのものですよね。
そろそろ、北欧あるいはフィンランドというジャンルのなかでも、私たちがこれまであまり知らなかった別の側面を取り上げることで、フィンランドの文化をより多角的にとらえられるのではないかと思っています。

また、ひとりの作家を掘り下げる展覧会というのも意味があると考えています。個展って、ひとりの作家に切り込むことで、その人の人生や、創作の背景まで想いを寄せやすい。ルート・ブリュックはファインアートにも近いし、作品の変遷も魅力的。漠然としたフィンランドのイメージから、もう少し深く踏み込んだ内容を紹介するにはいい機会です。

——今井さん自身は、ブリュックのどんなところに興味を持っていますか。

陶芸という手段のなかで、生涯を通じて何を表現しようとしたか。昨年、東京で初めてブリュック作品を見た時、陶という素材でこそ得られるさまざまな質感を、ブリュックが巧みに操っている様子にとても興味をひかれました。

——SNSでも「この質感は、写真では絶対に伝わらない」という感想がとても多いです。

物の表面の質感って、写真ではとらえづらい。ブリュックの釉薬の厚み、奥行き、表面のマチエールは、本当に実物を見ないとわからないですよね。絵画にもそういうところがありますが、絵の具とはまた違うつるつる、ざらざら。

誰もが、生活の中で使っている陶磁器の手触りを覚えていますよね。ブリュックの作品を見る時に、その手触りの記憶が大きく作用してくるのではないかと思っているんです。

ブリュック本人もそういう感覚のなかで、いろいろ遊んで試したのではないかと。そこには、アラビア製陶所という制作環境も影響していたかもしれません。

——どういう人たちに、この展覧会を見てもらいたいですか。

もちろんあらゆる世代の人たちに見てもらいたいですが、特に若い人ですね。ネットにあふれている誰かの情報の受け売りでなく、実際に作品を鑑賞する体験を通じて、自分の感性で新しい発見をしてもらいたいと思うんです。

「陶」という誰もが知っているもののはずなのに、表現も素材も今まで見たことがない感じがするでしょうし、きっと心に残るのではないでしょうか。

それから、ルート・ブリュックという作家の生涯にも想いをよせてもらえたら。生活していた空間も含めて、作家の周辺について知る機会があれば、その方がいいと思っています。

会場では、写真家の前田景さんが撮影した、ブリュックが過ごしたサマーハウスの写真を紹介します。ブリュックのインスピレーション源や、生き方みたいなところも感じてもらえたら、より深く展覧会を楽しめるのではないでしょうか。

——ありがとうございました。

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