多治見・丸朝製陶所「世界一のカップメーカーになる」(三)
三章 多治見から世界へ。お客さんが作りたいものを形に
創業104年の丸朝製陶所(多治見市)は、カップ&ソーサーを中心とする洋食器専門の製陶所です。
日本有数の窯業産地である多治見で、ルート・ブリュック展を開催するにあたり、展覧会の特別グッズ「ヘキサゴンタイル」を丸朝製陶所に作っていただきました。
グッズを作っていただくなかで、「そもそもブリュックも在籍していた“製陶所”ってどんなところ?」と興味津々!というわけで、4代目社長の松原圭士郎さんにインタビュー。製陶所を見学しつつ、波乱万丈の歴史についても伺いました。全3回。
Text Reiko Imamura / Photo Rui Mori
強く願えば叶う
——アメリカから上陸したコーヒーショップ、“青瓶(仮称)”のカップも手がけていました。
実はすごく運命的な出会いがあったんですよ。
僕がこういうことをはじめて、アメリカで“青瓶”が流行っていることは知っていたので、本国にメールを送ったんです。
「もしも日本に出店するなら、うちでコーヒーカップを作ってほしい」って。いつものノリで(笑)。「ここのコーヒーカップを作ったら、丸朝の名前が日本中に知れ渡る」って思ったから。でも、まあ、返事は来ませんわね(笑)。
それで、江東区に一号店がオープンする当日の朝、行列に並んだんです。忘れもしない、2月のすごく寒い日の朝、オープンの1時間半も前から店の前には300人くらい並んでいた。
並びましたよ。いつ話そう、切り出そうってどきどきしながら。
でも、開店当日の忙しいなかで話を聞いてもらえるはずもなく、玉砕。
コーヒー豆だけ買ってきて、事務所の受付に置いておいたんですよね。でも、このあたりの人って、誰ひとりそんなの気づかない。何の反応もないまま10日くらい経って、東京から「マグカップを作りたい」という人が別の案件でたまたま来たんです。
その人が「なんでここに“青瓶”の豆があるんですか」って驚いて、「好きだからオープンの日に行ったんです」って言ったら、「ちょうど“青瓶”がマグカップを作れる人を探していて。よかったら、やってみませんか」って。
ああ、強く願うと叶うんだなって思いました。
このカップは形が特殊で、型から抜けないんです。
だから「割型」といって、型のなかにもうひとつ型があるものを使います。うちではやっていなかった技術ですが、トライを重ねてできるようになりました。
ロゴマークの青色もすごくこだわりました。普通の転写紙では出せない色なので、低温で顔料を焼き付けています。
手間もコストもかなりかかりますが、いいものができて、“青瓶”の創業者も喜んでくれました。
これを3年間くらい作って、めちゃめちゃ売れましたよ。アメリカでもどんどん店舗を増やしていたから、製造が間に合わないくらいでした。
TAJIMIから世界へ
——“青瓶”の成功を経て、そこから世界を目指します。今度はニュージーランドですね。
これはニュージーランドの「ACME&CO」という、スペシャルティコーヒー専用のカップ&ソーサーを作っているブランドと一緒に作ったカップです。このブランドの世界観がものすごく好きで、雰囲気もめちゃめちゃかっこいい。
ACME&CO https://www.acmecups.nz/
それで、例によってメールを出しましたが、まあ、返事は来ません(笑)。
調べてみると、代理店が香港にもあることがわかったので、展示会で香港に行った時に代理店の人に「本社の人を紹介してほしい」って頼んだんです。
そうしたら、ニュージーランドからマーケティングのボスがわざわざ多治見に来てくれた。
工場を案内しながら、うちが3年前くらいに作っていたカップを見せたんです。
伏せ焼きでできるだけ薄くして、白磁の良さを見てもらうために釉薬もかけない。そのかわり、素地を丁寧に研磨して卵のようにツルツルにしました。特別なコーヒーを両手で包むように大切に飲んでほしいから、取っ手もなくしました。
そうしたら、「これはすごくエレガントだし、いいものだからすぐ作ろう」と気に入ってくれて、できたのがこのカップです。
裏面に「MARUASA」とマークも入れてくれて、カップの名前を「TAJIMI」にしてくれた。めちゃめちゃ嬉しかったですね。
さらに、これを作ったことによって、世界中のレストランやホテルから問い合わせがくるようになりました。
世界一のカップメーカーを目指して
——次はどのような展望を持っていますか。
世界のカップメーカーの一員になりたいんです。
でも自社商品は作りません。その代わり、お客さんが作りたいカップを形にする。それが僕の役割だし、それに徹しようって思うんです。
だから、世界中でカップを作りたい人を探して、その人のために作ることをしたい。そういう意味での世界一になりたいです。
——それまでOEMメーカーとしてやってきた経験と感性があってこそですね。
一言でカップといっても、カタログギフト用からノベルティ、雑貨、業務用まで全部の仕事をやっていて、それぞれ全然違うんですよね。そのノウハウはすごくあるし、提案できる。
僕は、5年くらい前から「グローバルカップディレクター」を名乗っているんです。僕は、陶芸家じゃない。陶器メーカーの代表なのに、手ロクロを引けないんですよ。
以前は、それがコンプレックスで、カッコ悪いと思っていた。でも、提案することはできる。今は、それが強みなんだと思っています。
今回、展覧会のために作ったグッズ「ヘキサゴンタイル」(岐阜県現代陶芸美術館で販売予定)でいうと、あれは実はタイルメーカーでは最終加工まではなかなか作ってくれないんですね。素地は作れるんだけれど、上絵を貼る技術とか、裏側に印字を入れることは難しいです。
ああいったものを形にできるのは、自分に専門のこだわりがないからです。こだわりがないからこそ、いろいろな技術を組み合わせて、自由度高く作ることができるんです。
実は、あの「ヘキサゴンタイル」は色々苦労としているので、また機会があったら、お話ししますね。
——ぜひ聞きたいです!ありがとうございました。