THE NIIGATA BANDAIJIMA ART MUSEUM

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THE NIIGATA BANDAIJIMA ART MUSEUM

ももぐさ、ブリュック語り 6「百草」

多治見で「ギャルリ百草」を営む廊主、陶作家の安藤雅信さんが、地元である多治見について、またブリュックの作品についての印象を徒然に語ります。ギャルリ百草の写真とともに。全7回。
Photo Rui Mori

百草

僕がインドから帰ってきた頃は、多治見には後継ぎの真面目な長男坊が多くて保守的だった。現代美術や音楽が好きだったからそういう話をしたいのに、できる人がほとんどいなかった。

町のなかにどうしたら新しい文化の土壌を作れるか。おもしろい町とはどういうものか。僕は、外から来た人が多治見に定着し、刺激を与えくれなければ、おもしろい町にはならない、って思ったんですよね。

多治見には大学がないので、若者文化がなかなか育たない。県外からやきものを学びに来る人たちが新しい何かを持ってくる。そういう人のために何をしたらいいかを考えて、ふたつ柱を作りました。

百草というギャラリーを通して、ひとつは、日本人にとっての美術とは何かを根本的に考えるということ。もうひとつは、全国レベルの作家を百草で紹介するということ。

地元の作家に見せたいというのもあるし、外に向かっても訴えたかった。東京と京都の中間にある場所で、両方の文化を合体させるために、ホワイトキューブではなく、茶室で道具を拝見するような、あるいは生活的な空間で手にとって見られる場所を作ろうと考えたんです。日本人にとっては、美術、工芸、ファッション、音楽もアートだから、それらをすべて見せたい。

で、結果論として、活気のあった工芸や、生活工芸の作家を取り上げることが多くなりました。
偶然ですが、美大出身者が多いですね。僕にとっては、工芸を学んで工芸をはじめた人の作品はあまり響かなくて、絵画や彫刻、デザインなど、外の世界から入ってきた人の工芸の方が格好良く見えたんです。

工芸出身の作家は、技法や技術で見せようとするので表現が過多になる傾向がある。しかし彫刻出身の作家は、色や形に凝るというより、中や外の空間がものを語らせる、というような作り方をする人が多いです。

例えば、ここの柿落としをやってくれた伊藤慶二さんは、食器からオブジェまで幅広いのに作品は繫がっており、画家出身であるだけに、表面をペインティングナイフで仕上げたような作品を作る人ですよね。そういう人を取り上げることが多いんです。

 

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