ブリュックを知れば知るほど、初期の作品を好きになる。
フィンランドデザインを日本に広めた「ビオトープ」の代表、そして「doinel(ドワネル)」の店主として、海外を駆け回る築地雅人さん。90年代後半の北欧ブーム以前から、バイヤーとしてフィンランドに通い、ブリュックの作品に触れてきた築地さんに、作品の印象やブリュック展への期待を聞きました。
北欧デザイナーのアーカイブをつくった
――最初に北欧のデザインに触れたのはいつ頃でしたか。
20歳前後から海外の蚤の市で北欧の食器や雑貨を集めていたんです。20代半ばには、個人のバイヤーとして買い付けもしていました。ほかのコレクターとつながって集めたものを分けたり、情報交換をしたり。僕が20代前半の頃、まだインターネットの普及率は低く、北欧デザインに関する情報もネット上では現在のように網羅されてはいませんでした。情報を持っている人にしか情報が集まらなかったんですよ。
――それは、90年代の「北欧ブーム」以前のことですよね。
一般的には、「アラビアって何」みたいな感じでした。最初にイームズのブームがあって、そのあとミッドセンチュリーが流行って、ハンス・ウェグナー、アルネ・ヤコブセン、アルヴァ・アアルトらが知られだした。1997、98年くらいには、ミッドセンチュリーの家具を扱うお店が増えましたよね。でもインテリアや雑貨の目線でアンティークを扱うお店がなかったので、27歳の時に北欧のアンティークに特化した店をつくったわけなんです。
それから、北欧のデザイナーの情報がなかったのでデータベースをつくることにしました。2003年にビオトープのサイトを立ち上げて、リサ・ラーソンとかエリック・ホグランとか、お店で売れた商品の画像とデザイナーのプロフィールをすべて残していきました。海外のウェブサイトと書籍、それから海外美術館から資料を取り寄せて調べ、250人くらいのデザイナーの情報を独自でまとめ、アーカイブしました。
――そのなかにルート・ブリュックも?
もちろん。でも、アーカイブで紹介したのは、壁紙とか、小さなアッシュトレイくらいですね。ブリュックのユニークピースは高額なので、お店で取り扱うことはあまりなくて。フィンランドではブリュックはとても有名だし尊敬されているけれど、日本では当時まだブリュックのファンはいませんでした。でも1997年にフィンランドのデザインミュージアムが出版した作品集は、お店でもよく売れていました。
――ご自身とブリュック作品との出会いは。
最初にブリュックの作品を見たのは、「Ornamo(オルナモ)」という団体が出しているアートとデザインの書籍かな。実物は、アラビアのミュージアムとヘルシンキ市庁舎に設置されている後期のモザイク作品です。これらは公共の作品だから絶対に手に入らないし、そこでしか見られない。圧倒されました。
ところが、ブリュックを知れば知るほど、初期の作品が好きになっていくんですよ。日本では、フィンランドといえばカイ・フランクやムーミンなど、ポップでグラフィカルなイメージがあるかもしれません。でも、もともとのフィンランドって、東欧やロシアのような、少しメランコリックで、暗くて、だけれどじんわりくる世界観だと思う。ブリュックの初期の作品は、例えば家のシリーズや宗教画のようなものとか、フィンランドならでは、という感じがあって好きです。
あと最近、60年代のアッシュトレイを見て、改めて「いいな!」と思いました。
フィンランドの見方が変わるきっかけに
――ところで、2011年にオープンした北青山のお店「doinel(ドワネル)」ではどういったものを取り扱っていますか。
アートとか、工芸とか、生活にはかならずしも必要というものではないけれど、あると豊かになる。そういったものを提案しています。doinelで扱っているのは、基本的には手の作業が入って、手間がかかっているもの。大量生産のプロダクトではできないものづくりの表現。そして、つくり手の意志としてそれが表にしっかり現れているものですね。わかりやすいものではないかもしれません。でも、お客さんが能動的に考えたほうが楽しいと思うんです。
――確かに、doinelでは「これ、どうやってつくられているんだろう」と好奇心をかきたてられます。
アート的な要素をもっているプロダクトを、「オブジェクト」と呼んでいるんです。オブジェクトそのものを能動的に鑑賞して、かたちとか、素材やテクスチャーから何かを感じる。すると、ものとの距離感も変わるし、もしかしたら人生を豊かにしてくれるかもしれません。
――ビオトープとして、展覧会の企画制作もしていますよね。2018年初夏には、太宰府天満宮でフィンランドをテーマにした展覧会を制作しました。
ずっと思っているのは、若い世代の人が北欧のアートセラミックやdoinelで扱っているようなオブジェクトに触れる機会はないだろうかということなんです。買わなくてもいいから、興味をもってもらえる仕組みがないかと考えた時に、そのひとつの答えが展覧会だった。見るだけでも、憧れを抱いたり、豊かな気持ちになるかもしれません。今の時代は情報がある分、リアルに触れる機会がもっといっぱいあればいいなと思うんです。
――最後に、2019年4月からはじまるルート・ブリュック展への期待を教えてください。
フィンランドのデザインは知られていても、フィンランドのアートはまだまだ知られていないと思います。ルート・ブリュックがその入り口になって、フィンランドの見方が変わったり、そこから好奇心が生まれて実際にフィンランド行ってみたり、そういうきっかけになるといいですよね。
また、いわゆる「北欧ファン」という層だけではなく、もっと広い範囲の人に楽しんでもらえると思う。日本では、「セラミック・アート」ってあまり聞いたことがないじゃないですか。絵画でも彫刻でもないし、インテリアや空間のなかで楽しむ、そういうものの存在感やパワーを体感できるのではないかと思います。