ブリュック作品は、一対一で対話する鏡。
サーフェイスパターンデザインを主な領域に、デザイナー、イラストレーターとして活躍する赤羽美和さん。テキスタイルやセラミック、ワークショップなどさまざまな素材や表現に取り組んでいます。スウェーデン留学前に旅したフィンランドでブリュック作品に出会い、「フィールドを広げる」ための勇気をもらったという赤羽さん。特に「後期のモザイク作品は、鏡のように個人的な内面を映し出してしまう」と話します。
奥行きに吸い込まれそうになった
――ブリュック作品との出会いについて教えてください。
2007年頃、北欧へ旅行をしたんです。その時、ヘルシンキではデザイン・ミュージアムに行って、ブリュックの回顧展を見たのがはじめて。「セラミックでこんな表現ができるのか!」と驚きました。
――その時、気になった作品は。
後期のモザイク作品です。ピースのくぼみに透明の釉薬が溜まって、その底に色が沈んでいて飴玉が入っているような印象を受けました。当時はセラミックのことは何も知らず、一体どうやってつくられているのかと不思議に思いました。
ひとつひとつのピースが生み出す陰影や色のグラデーションによって、奥行きを感じさせる。その奥行きに吸い込まれそうな感じがしました。すごくさわりたくなりました(笑)。
――後期作品のどういったところに魅力を感じますか。
基本的には四角いピースを組み合わせたパズルのようですが、システマチックにも見えますよね。一方で、ピースの配置の微妙なゆらぎ、ぎこちなさ、みたいなものが感じられて、なんとも詩的に思えるのです。
私は、偶然的に生まれる何気ない線、例えば子どもが描いた線や、利き手とは違うほうの手で描いた線に魅せられるのですが、それに近い魅力を感じます。即興的に思いつくまま並べていったような。
こっそり自分のなかにしまっておきたいアーティスト
――ブリュックの色についてはどう思いますか?
年を追うごとに、いい意味で洗練され、“省エネ”されていくような気がします。けれど、むしろ後期の方がパレットの色数が増えたようにも思えるのです。
モザイクの凹凸が生む陰影も色に含まれると思います。白の中の白、黒の中の黒、といったように。あるいは全体を覆う白、黒の中に置かれる色彩。その緩急が重層的な響きを生み出しています。
環境による光の影響だけでなく、見る人の心持ちによっても、きっと色の見え方は変わってきます。同じ作品なのに、翌日は全く違って見えるかもしれない。自分自身の内面を映す鏡のよう。より詩的になっていくというか。
――自身の鏡とは、例えば。
アラビアの旧工場に大きなモザイク作品「Lake」があります。当時は、1階のエレベーター横に設置されていて、私はヘルシンキに行くと必ず立ち寄ってその作品を見ていたんです。
白い色調が、明るく「ようこそ」と暖かく迎え入れてくれるように見える時もあれば、青白く冷たく感じる時もありました。フィンランドの大学に留学しようとして、トライしている最中に見に行った時は、「(あなたが来るべき場所は)ここではない」と言われているような気がした。打ちひしがれた気分で、石の教会(テンペリアウキオ教会)までいきました(笑)。
――特に後期のモザイク作品は、一対一で対話する感覚があるのでしょうか。
ブリュックのモザイク作品を見ていると、パーソナルな気持ちがにじみ出てしまうんですよね。「なぜ、その作品がいいのか」と聞かれたら、「それは私がこう感じたから」と、自分自身の想いを語るはめになる(笑)。自分のことをさらけ出す感じになるから恥ずかしいんですよ。だから本当は、ブリュックのことは誰にも話さずに、こっそり自分のなかだけにしまっておきたい。
ホスピタルアート「JAM」プロジェクト
――赤羽さんは長年広告のグラフィックデザインを手がけ、一念発起してスウェーデンに留学してテキスタイルを学びました。帰国後はホスピタルアートのプロジェクトを展開しています。
スウェーデンに留学した時は「もっとフィールドを広げていろんなデザインをしたい」という気持ちが強かった。テキスタイルは、その第一歩になるかなと思ったんです。
ブリュックも、もともとイラストから出発して、セラミックを手がけ、テキスタイルもやるし、最後は空間デザインに近いことまで取り組みます。それを知って、「あ、いいんだ」と勇気づけられたのです。昔からこんな風に領域を広げていった人がいるのか、と。だから私も、広告もテキスタイルもやるし、イラストも描くし、ワークショップもするし、手をタコのように伸ばしながら色々なことに挑戦しています。
――ブリュックの作品は、赤羽さんの仕事に影響を与えていますか。
最初に作品を見た時から、セラミックという素材を身近に感じ、それから「やってみたいな」と思い続けていました。今思うと、それがスウェーデンのホスピタルアート「JAM」プロジェクトの陶板作品(2016年)につながるのかもしれません。マテリアルとしてセラミックを「ここで使いたい!」と思ったんです。緊急病棟でのプロジェクトで、清掃のしやすさ、できあがりがフラットであること、といった病院側からの条件にも見合うと思いました。
プロジェクトは、病院スタッフとのワークショップで生まれた造形を再構築してパターンデザインを作るというもの。参加者には「丸、三角、四角」の3つの図形を言葉の代わりにして「対話のドローイング」をしてもらいました。そして、私がそこで生まれた造形を組み合わせて新たなパターンを完成させました。制作プロセス自体にストーリー性を持たせたかったのです。
陶板作品は、そのパターンをシルクスクリーンでプリントしました。紙やテキスタイルの重版と違って、釉薬独特の微妙な厚みや奥行きが生まれました。また陶板作品を作る機会があれば、こんどは凹凸や質感のある表現にもトライしたいです。
自らのなかに取り込んだリズムを表現したい
――これから取り組んでみたいテーマはありますか。
音とか、人や物の軌跡とか、影とか、一瞬で生まれては消えるような線、形、動きなどに興味があります。ジャズの即興演奏にもインスピレーションを掻きたてられます。音楽やダンスなどとのコラボレーションもしてみたい。
私が展開しているJAMプロジェクトのドローイングワークショップも、その時その場所での対話を書きとめる取り組みでもあると思っています。人と人、場など、より豊かなつながりを生んでいくようなプロジェクトは継続していきたいと思っています。
――ブリュックは、夏のあいだ滞在していたラップランドで、小屋の窓から雲や湖の水面の動きをひたすら眺めていたそうです。最後の大作「流氷」も、単に景色を視覚的に切り取ったものではなくて。流氷の流れ、エネルギー、音すべてが含まれていて、作品のなかで風景がずっと動き続けているイメージかもしれません。
ブリュックは、知覚を通して自分のなかに取り込んだリズム感を、何かのかたちで表現できれば、もしかしたら何でもよかったのかもしれない。それが、グラフィックでも、セラミックでも。今、ブリュックのその話を聞いて、私もすごく何かつくりたくなってきました!
――ありがとうございました。